九十九物語 

妖怪、心霊、怪談について勉強がてらまとめていきたいと思います。趣味で集めている知り合いから聞いた怪談が溜まってきたので少しずつ書いていきたいと思います。

陰陽師 安倍晴明 は”葛ノ葉狐” を母に持つ。

 

一人旅2日目。

 京都の妖怪巡りの最初は

 

晴明神社です。

 

晴明神社はその名の通り、安倍晴明を祀った神社です。

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晴明神社

平安時代中期に活躍した天文学者であり、陰陽師として名高い安倍晴明を祀った神社です。創建は、一条天皇によって寛弘4(1007)年に清明の屋敷跡に建てられたそうです。

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安倍晴明(920-1005)]

孝元天皇の皇子、大彦命の子孫である。

幼少の頃から多くの道に秀でていて、特に天文暦学は深く極め、神道を思いのままに操る霊術をも身につけられていたらしい。(いわゆる天才)

朱雀天皇から村上、冷泉、円融、花山、一条の6代天皇の側近として仕える。

一条天皇期の寛弘2(1005)年9月26日(10/31)に85歳でなくなったそうです。(これ当時にしては長生きだなぁ)

参考:晴明神社パンフレット

 

ここからはちょっと安倍晴明について話していこうと思います。

 

安倍晴明の出生

安倍晴明の系統はいくつかある。

父親も安倍益材の子、安倍春材の子とされる。

 

ここははっきりしていないのだ。

 

パンフレットに子孫しか書いてないのもそういうことなんだと思います。

 

生まれもいくつか記載があって、

摂津国安倍野(大阪市安倍野区)と奈良県桜井市安倍という二つの説がある。

 

陰陽道賀茂忠行・保憲父子に学んだと言う。

 

出生で語れるのはこのくらいです笑

 

母親については面白い話が残っています。

 

 

安倍晴明の母は狐だという説です。

 

 葛ノ葉狐

大阪府和泉市の信太森葛ノ葉稲荷に伝わる伝説の狐。

朱雀天皇期(930年~946年)、現大阪市阿倍野区あたりにいた安倍保名(あべのやすな)という武士の前に、葛ノ葉という女が現れ夫婦になり男の子をもうけた。

 

ある日神通力が緩んだ葛ノ葉は、我が子に狐の姿を見られてしまう。

 

それを悲しみ、もうここにはいられないと悟った葛ノ葉は障子に

 

 

「恋しくば たずねきて見よ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」

 

 

と一首書き残して出て行ってしまった。(口で書いてる浮世絵が残ってる)

 

保名と息子は狐だとしても葛の葉のことが忘れられず、信太の森を訪ねると、葛ノ葉稲荷の社殿には、今までなかった葛が一面に生い茂っていたという。

 

保名はそれを子供のお守りとして養育したという。

 

もうお分かりかと思いますが、この子供こそ、「安倍晴明」なのです。

 

でもこの話が本当なら、清明が生まれたのは朱雀天皇期である930年から946年でなければいけないし、最高で25?歳で天皇の側近となってることになりますね。

こういう矛盾が生まれてしまうのも伝承の面白いところです。

 

 

清明の母を葛ノ葉狐とするのは浄瑠璃や歌舞伎などでよく知られ、その集大成が竹田出雲作の浄瑠璃芦屋道満大内鑑」なのです。通称「葛ノ葉」。

 

ちなみに芦屋道満とは、道摩法師と呼ばれる清明のライバルである陰陽師です。

一説には、清明の妻と不倫したり、清明を殺したり、生き返った清明に殺されたり、と完全な敵役です。笑

 

安倍晴明と葛ノ葉狐を初めて結びつけたのは、「三国伝送陰陽輨轄簠簋内伝金烏玉兎集(さんごくそうでんいんようかんかつほきないでんきんうぎょくとしゅう)」という陰陽師の経典なんだそうで、通称「ほきない伝」。(長すぎる・・・)

 

清明が書いたともされるが、実際は死後に書かれたとされ、いつ書かれたのかは不明だそうです。

 

清明の神通力は狐の子供だからだ、という後付けから来るものだろうと思います。

 

 

この流れは昔話の金太郎にも見られます。

 

 

金太郎の母親が山姥というものです。

 

17世紀頃から金太郎の母親が山姥という説が出回ります。

金太郎の話の起源がどこかははっきりしないのですが、道長の日記である「御堂関白記」など当時の資料に出てくる下毛野公時という道長に仕えていた近衛に脚色されていったものが金太郎らしく、この位の時代からあるのだろうと考えてもいいと思います。なので後付けと考えられます。

 

ある著者が「これは、金太郎が特別な存在であり、普通じゃない出自を示すためだ」と言っていました。

そして「生みの親が人以外の特別な存在である、パターンは伝説的な高貴な人物に見られる」のだそうです。

 

金太郎が強いのは、山姥の子だからか!って納得もできますよね?

 

う~む、興味深い!

金太郎についての話も別の記事話したいと思います!

 

 清明式神十二神将

清明は京都の都の鬼門の位置に屋敷を構十二神将と呼ばれる式神を従えていたといいます。なんかかっこいい・・・

 

なんと十二支の神を自作の人形に宿らせたもので、いつも屋敷の梁に住み着かせて、用事があると呼び出して使役していたのだそうです。

 

占いのときに彼らに答えさせていただけでなく、一般生活の雑務もやらせていたらしい笑

 

こんなに便利な式神だけど、

 

十二神将・・・

 

 

容姿がとっても怖い!!!

 

清明の奥さんが嫌がったのだ!

 

しぶしぶ清明は家の近くの一条戻橋に住み着かせたのだとか。

流石の清明も奥さんには勝てないのか・・・

 

 

用事があるときに呼び出したり、占いをするときは橋まで出向いたという。

面白いのが、橋の上でたっていると、橋を通る人の口を借りて吉凶を答えたそう。

 

今も晴明神社の近くに一条戻橋も残っています。

セットで訪ねると面白いかと!

 

 

 

陰陽道についてはまた別の記事で!

 

 

では今回はこのへんでおいとまします。